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2011年10月7日 第5回非正規雇用のビジョンに関する懇談会議事録
職業安定局派遣・有期労働対策部企画課
○日時
平成23年10月07日(金)
15:00~17:00
○場所
経済産業省別館1031号会議室
○出席者
樋口座長 佐藤委員 柴田委員 諏訪委員
○議題
有識者からのヒアリング
・浅倉むつ子 早稲田大学大学院法務研究科教授
・大沢真理 東京大学社会科学研究所教授
○議事
○樋口座長 定刻前ですが、お揃いになりましたので、非正規雇用のビジョンに関する懇談会を開催いたします。
去る9月28日及び29日に、ご参加可能な先生方と共に、東京キャリアアップハローワーク、ポリテクセンター関東等を視察してまいりました。非常に勉強になったということでありまして、この視察をもちまして、第3回、第4回の懇談会とさせていただきます。したがいまして本日は第5回の懇談会ということになります。なお、当日の視察の行程等につきましては、お手元に配付されております資料1として報告させていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
委員の皆様には、本日もお忙しい中をお集まりいただきまして誠にありがとうございます。本日は、荒木委員、小杉委員、清家委員、宮本委員、横溝委員がご欠席です。佐藤委員は30分ほど遅れていらっしゃると聞いています。
それでは、事務局から資料の説明をお願いいたします。
○松淵派遣・有期労働対策部企画課企画官 お手元に配付しております資料についてご確認いただきたいと思います。右肩に資料ナンバーが書いてあるものです。
まず、資料1「第3回、第4回非正規雇用のビジョンに関する懇談会について」。資料2は浅倉教授提出資料で「同一価値労働同一賃金原則実施システムの提案」。資料3としまして、大沢教授提出資料です。それから、参考資料1としまして、「有期労働契約に関する議論の中間的な整理について」。参考資料2として、今後のパートタイム労働対策に関する研究会報告書概要を配付させていただいています。資料の不足等ございませんでしょうか。ございませんようでしたら、よろしくお願いいたします。
○樋口座長 本日は、小宮山大臣、津田政務官にご出席いただいております。どうもありがとうございます。まず、小宮山大臣からお話をいただければと思います。よろしくお願いします。
○小宮山厚生労働大臣 本日はお忙しいところ、ご出席をいただきましてありがとうございます。また、今日は、有識者のヒアリングということで、浅倉むつ子教授、そして、大沢真理教授にご出席をいただきます。改めて御礼申し上げます。非正規労働者につきましては、正社員と比べまして雇用が不安定、処遇が低いといった問題が指摘されているところですが、現在、厚生労働省では非正規労働者の形態ごとに、パート労働法の見直し、また、有期労働契約法制の検討、派遣法の改正法案の国会提出、パートへの社会保険の適用拡大の検討など、総合的な取組みを進めているところです。その一環として、この懇談会では、非正規雇用に共通する横断的な課題につきまして、将来を見据えたビジョンとして具体的な対応の方向性をお示しいただければということで検討をお願いしています。非正規雇用は、もともと、言うまでもないことですが、女性の問題としてずっとあり続けてまいりました。ところが、これがいろいろな社会経済情勢の変化の中で、若者・男性にも広がってきたということで、私が言うのも変ですが、ようやく国も本格的な取組みを始めたということかなと思っています。そういう意味では、この問題は女性の均等待遇の視点、これを抜きに語ることはできないと思っていますので、本日は私からお声掛けをさせていただきまして、この分野で先駆的なご活動をいただいている、浅倉さん、大沢さんにお越しいただきまして、最近の動向を含めて貴重なお話が伺えるのではないかと思っております。委員の皆様方にはお二人のご意見もまた参考にしていただきまして、ビジョンの策定に向けて今後とも活発にご議論いただきますように、心からお願い申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします。
○樋口座長 ありがとうございました。続きまして、津田政務官からお願いいたします。
○津田厚生労働大臣政務官 本日はお忙しいところをありがとうございます。新米の政務官でございまして、まだ1カ月ちょっとの、ほやほやでございます。政務官は2名おりまして、雇用・労働分野の担当ということでございます。あまり長くは申し上げませんが、30年近く労働組合の世界で仕事をしてきた人間でございます。ある加盟組合におじゃまをしたところ、18歳の、高校を卒業して会社に入ると社員。ちょっといろいろあって、2回目の就職で22歳でその会社に入ると準社員になる。仕事はほとんど何も変わらない。ただ、新卒で入ったか入らないかで社員になるか準社員になるか違いがあるということで、私は、それはやはりちょっとおかしいのではないかということで、経営者といろいろ議論をしたことが、組合時代にあるわけです。この非正規問題というのは、いろいろな形態が、たくさん問題としてあるのだろうと思うのですが、そういう問題を一つひとつ本来あるべき姿にしていこうということが大変大事なことではないのかなと思っているところでございます。こうした問題に対して、皆さん方のお知恵を総動員していただいて、現在、図らずも非正規として働いている労働者の方々や、これから社会に参加する若者たちを勇気付けるようなビジョンをお示しいただきたいと思っております。非正規雇用に関しましては、このビジョンの議論と並行して、先ほど大臣が申し上げましたように、有期労働法制やパート労働法、これらが検討中でございます。ここでは、均等処遇の確保や有期労働契約の入口と出口の規制のあり方、これなどが議論されているということでございます。また、派遣については、もうご案内のように、次の臨時国会では何とか成立させたいということで、いま、与野党含めてご議論いただいているところでございます。こうした経過を踏まえまして、本懇談会におきましては、有期・パート・派遣といった制度ごとの検討と歩調を合わせながら、非正規雇用という括りで共通する課題について横串を入れていただくという、そういうビジョンをお示しいただくのかなと考えております。本日は有識者ヒアリングということで、浅倉先生、大沢先生からお話を頂戴するということでございます。浅倉先生は、今後のパートタイム労働政策に関する研究会の委員、大沢先生は、社会保障改革に関する有識者検討会の委員ということでございます。お2人とも非正規雇用の問題に造詣が深いと承知をいたしております。皆様におかれましては、お2人のご意見を是非参考としていただき、非正規労働者の雇用の安定、処遇の改善が図られ、働きがいのある人間らしい仕事が実現される社会に向け、今後とも有意義なご議論・ご検討を進めていただくよう、引き続きのご協力をお願い申し上げます。ありがとうございます。
○樋口座長 どうもありがとうございました。お時間の許す限り議論・検討していきたいと思います。○津田厚生労働大臣政務官 はい。
○樋口座長 それでは、議事に入ります。今回は有識者の先生方からヒアリングを行いたいと思っております。いまご紹介いただきましたように、最初に浅倉むつ子先生、早稲田大学大学院法務研究科教授から、資料に沿ってご説明いただきたいと思っております。その後、意見を交換したいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
○浅倉教授 早稲田大学の浅倉むつ子と申します。本日はこのような機会をいただきましてありがとうございます。私は、この間、雇用におけるジェンダー平等の問題を主として研究テーマとしてまいりました。今日ここにお呼びいただいたのも、先ほど、小宮山大臣からおっしゃっていただいたように、女性の問題とこの問題が無縁ではないということで、主として私の研究テーマにかかわってお呼びいただいたのだと思っております。先ほどからのお話をうかがって、これは有意義な懇談会であると改めて認識をしたわけですが、今日の報告がどれだけお役に立つものかは、わかりません。ただ、日頃私が考えていることをご報告させていただき、その中からお役に立つことをみなさまに汲み取っていただければと考えています。
今日のテーマは、「同一価値労働同一賃金原則実施システムの提案」です。私は、同一価値労働同一賃金原則というのは国際社会の共通原則だと思っているのですけれども、それにしては、日本でこの原則が実施されないのはなぜだろうか、また、実施されるためにはどのような手法が必要であるか、そういうことに関心を持ってまいりました。
まず、レジュメの1で、一般的な日本の雇用社会とジェンダー差別について少しご報告したいと思います。(1)は正社員と非正社員からなる雇用構造について、です。明治大学の遠藤公嗣先生は最近の論文の中で、終身雇用と年功序列賃金を内容とする日本的雇用慣行と男性稼ぎ主型家族のセットが1960年代型日本システムであると述べておられます。男性稼ぎ主型家族というのは、世帯主男性が稼いで妻と子を扶養している家族のことであります。このような、終身雇用・年功序列という恵まれた処遇を享受してきたのは、正規労働者で、男性の正社員でありました。一方、このような正社員の存在は、雇用調整の対象となる非正社員の存在、それを前提として可能になってきたのだと思われます。日本的雇用慣行の恩恵を享受しない非正社員は、主として主婦のパート、学生アルバイトでありました。重要なことは、これら正社員も非正社員も男性稼ぎ主型家族から主として供給されてきたということです。
レジュメの(2)です。このような、1960年代型の日本の雇用システムにおいては内部労働市場と外部労働市場が明確に分離されております。正社員の処遇は内部労働市場で決定され、非正社員の処遇は外部労働市場で決定されてきています。正社員は長期雇用で企業の中核的労働力として長期的に育成・活用されます。正社員は新規採用者として定期的に採用され、企業の内部での教育訓練、OJTですけれども、それを十分に受けますが、その際、使用者は職務の配置や昇進に関する比較的強大な人事権を有しておりまして、それを裁量的に行使してまいります。しかし、1995年頃からは、日経連が『新時代の日本的経営』で述べていますように、正社員はごく一握りに限定されるようになりました。正社員の場合、賃金は企業内で昇給するに従って企業内部の水準で決定されていきます。労働者が身につけた職務遂行能力を基準にして賃金額を決定していく職能給は、労働者の属性を基準とした賃金として日本的雇用慣行に適合的であったと評価できると思います。
他方、?の非正社員です。非正社員の処遇は外部労働市場である職種別の地域別の市場賃率で決定されてきております。この水準は企業横断的でありまして、当初から主婦パートの家計補助的な賃金相場に強く影響を受けるもので、多くの場合、地域最低賃金が水準となっていました。
このように、分離された労働市場から構成されている日本の雇用システムでは、法の介入がなければということですけれども、自ずと企業内部で労働者間の差別が生じやすく、男女間、正規・非正規間の差別が著しく問題化することは想定されることであろうと思います。事実、1990年代初めからのバブル崩壊以降は深刻な雇用不安の中で非正規労働者が急増し、いまや非正規は雇用調整のための要員というだけではなくて、正社員に代替する労働者となっています。しかも、1960年代型の、先ほど申し上げた、男性稼ぎ主型家族というのは、いまや実態を失いましてモデルに過ぎなくなっています。これまで、非正規労働者を扶養してきた家族は既に崩壊していると言ってよい現状です。
(3)は、私が専門としている労働法の話題です。労働法はジェンダー差別解消に効果的だったか、です。確かに、レジメの(3)?に書きましたように、さまざまな法律があります。したがって、法の介入が、この間、なかったわけではありません。ジェンダーに関連する法改正も頻繁に行われてきています。それらの法改正をもたらした要因の主要なものは、次の頁に挙げられています。主として、規制緩和と少子化対策でありまして、ジェンダー平等とか均等対遇の要請というものは、海外からは強まっていますけれども、なお日本の立法を主導する理念として定着しているとまでは言えない状況にあるのではないかと考えられます。その結果、?ですけれども、法改正があっても、日本の働く女性の差別的な実態はほとんど変わっておりません。男女労働者間の格差が、維持されているか、もしくは拡大していると言えると思います。その実態はレジメに書いてあるとおりです。中でも、第一子出産を機に退職する女性が6割もいるという事実。その次の、一般労働者の男女間の賃金格差が、2010年には男性を100とすると女性が69.3と、むしろ拡大しているという事実。それから、その下にあります、女性の非正規労働者が非常に増大しているという事実に注目しています。
さて、大きな2番目です。以上のような現状において、私は、同一価値労働同一賃金原則を改めて位置づけ直す必要があるのではないかと思うに至りました。男女同一価値労働同一賃金原則につきましては国際的にも日本に対して事あるごとに、もっと実施せよという要請が突きつけられてきております。2008年には、ILOの条約勧告適用専門家委員会の個別意見で法改正の措置が要請されています。2009年8月には、国連の女性差別撤廃委員会による総括所見において、フルタイムとパートタイムの賃金格差が非常に大きいことに懸念が表明され、同一価値労働同一賃金原則と確認できる条項が労働基準法にはないことが、問題として指摘されました。それらを受けまして、日本政府としてもいくつかの対応を約束してきています。例えば2010年6月には、閣議決定されました新成長戦略の中に、雇用人材戦略の主な施策の1つとして同一価値労働同一賃金に向けた均等・均衡対遇の推進が掲げられています。また、同年の第三次男女共同参画基本計画には、同一価値労働同一賃金に向けた均等・均衡処遇の推進の取組みとして、パートタイム労働者と通常労働者の均等・均衡の取れた待遇を推進することが具体的施策として盛り込まれています。このように、同一価値労働同一賃金原則は、いわば、国際社会の共通原則と言ってもよいものだと思うのですけれども、しかしながら、この原則を日本社会において実施し定着させるためには、実は諸外国とは異なって特段の工夫が必要であることも、事実であろうと思います。放置しておいても自然とこの原則が履行されていく欧米の雇用社会とは異なって、冒頭に述べましたように、日本の雇用社会は大いに欧米とは異なる特色を持っているからであります。しかしながら、この原則は日本社会に馴染まないといって排除してしまうのではなく、だからこそ特別に日本では立法も含めた実施のためのシステム作りが必要だと、私は考えています。
(2)です。私は、今日、同一価値労働同一賃金原則が、男/女間のみならず、正規/非正規労働者間の処遇の非合理的な格差を可能な限り解消し、働きに見合った公正な処遇にする具体的な方策として極めて有効な原則ではないかと考えています。
この原則の賃金の尺度は職務でありまして、いわば、職務基準賃金であります。これは、これまで日本の企業が主として採用してきた属性基準賃金であるところの、年功給や職能給とは異なるものとして位置づけることができるのではないかと思っています。この原則がなぜ有効かといいますと、何と言っても、職務を中心とした賃金の尺度を普及させるからだと言えるのではないかと思います。男女差別との関係でいいますと、男女差別の賃金が争われました兼松事件の東京高裁の判決が賃金差別を認定するときに、職務内容に照らして、男性社員の賃金との間に大きな格差があったことに合理的理由はないと述べていることに注目したいと思います。即ち、この判決は目に見えない潜在的能力とか使用者の期待などを反映する「職能」ではなく、実際に男女が携わってきた「職務」に注目したわけですから、そのことは差別の認定にとって効果的であると言うべきだと考えるからです。
(3)です。しかしながら、日本では法制度上は、どこにもこの原則がいまのところ明記されてはおりません。ただし、男女間の賃金につきましては、労働基準法第4条が賃金差別を禁止しており、私は、この労働基準法第4条は同一価値労働同一賃金原則を明文化してはいないけれども解釈によってはこの原則を否定・排除はしていないと考えております。例としては、京ガス事件判決という京都地裁の平成13年9月20日の判決があります。もっとも、こういう判決があるとはいえ、同一価値労働であることを立証しなければならないのは原告側でありますので、いまのところ、その負担は極めて大きいと言わなければなりません。また、この原則に則って判断するかどうかは裁判所の裁量に委ねられておりますので、この原則が日本に定着しているとは現在では到底言えないのではないかと思います。
そこで、定着させるためには、この原則に則った、救済のための具体的なシステム作りが必要だと考える次第です。3頁目です。正規・非正規間に照らしてこの原則を考えてみますと、男女間よりももっと難しいものが、正規・非正規間へのこの原則の適用であると言えると思います。既に、パート労働法や労働契約法には均衡処遇原則が規定されています。しかしながら、最近、嘱託労働者と正社員との賃金が争われました京都市女性協会事件判決では、正規と非正規労働者が同一価値労働で、かつ、賃金が均衡を著しく欠くほどの低額である場合のみ公序違反の可能性があると指摘され、結局、原告側の請求は棄却されています。この事案では、嘱託労働者と正社員の両者は同一価値ではないとされまして、同時に、均衡処遇原則は努力義務規定であるから法的原則たり得ないと判断されたのだといえるでしょう。私は、正規・非正規の労働者間の均等待遇を実現するためには、やはり何と言っても、両者の労働の価値をまず比較することが必要になると考えています。もちろん、このことは容易ではないのですけれども、かつては比較する可能性すら否定的に捉えられてきた時代でありましたけれども、今日では、両者の比較の手掛りがないわけではありません。例えば、2010年4月に厚生労働省は「職務分析・職務評価実施マニュアル」という文書を出しておりまして、企業に職務分析・職務評価をするように勧めています。ただし、このマニュアルは、職務評価の中でもいわば単純比較法を採用しておりまして、比較し得る対象職種を極めて狭いものとしております。そして、パートと正社員の仕事が同じか違うかしか判断せずに、少しでも異なれば比較対象とならないものと切り捨てているために、このマニュアル自体はあまり利用できないのではないかと考えています。また、労働の価値がどの程度の違いなのかは考慮されておりませんし、責任が大きな位値を占めていますので、企業における人材活用の仕組みが非常に重視されています。「今後のパートタイム労働対策に関する研究会報告」の中では、このマニュアルを少し改訂してはどうかという意見が委員からは出されておりました。
(4)です。では、同一価値労働同一賃金原則に立つ職務分析・職務評価はいかなるものかであります。一般的には、「知識・技能」「責任」「負担」「労働環境」という4つのファクターから職務を評価して点数を算出するような得点要素法が、ジェンダー中立的な、分析的な職務評価のやり方であると言われています。日本ではこのような職務給を採用している企業は極めて少ないですし、職務自体が明確に区分されておりませんので、日本の企業において職務評価を実施するのは難しいのではないかと言われてまいりました。しかし、このことはもちろん不可能なことではありません。1つの研究をご紹介します。注2にありますように、有斐閣から出版されました、森ます美先生と私とが編者になりました『同一価値労働同一賃金原則の実施システム』という本について、でございます。この研究は、森ます美先生が中心となって、2006年から2008年度の文科省の科学研究費補助金を得て行われました研究成果です。社会政策と労働法の分野の研究者が参加いたしました。ここにおいて社会政策グループは、日本の小売業と医療福祉職の職務分析・職務評価を実施しました。小売業では非正規と正規の労働者を比較しまして、医療福祉職では男性職であるレントゲン技師と看護師の職務をそれぞれ分析して、職務評価をしております。その方法は得点要素法を使いました。そして、労働者の合意のみならず、企業側の合意もいただきながら実施した次第です。詳しくご紹介する時間はありませんけれども、この結果、この職務評価点の比率に合わせた、これらの職務従事者の現在の賃金の是正額が明らかになりました。例えば小売業では、正社員の職務の価値を100としますと、一般パートの職務の価値は77.6と出ました。賃金は100対47.6ですので、労働の価値に比較して、より大きな賃金格差があったことになります。このような賃金の是正の方向性については、この調査の限りでは、実は、正社員を含めて労使ともに納得的であったことも報告されております。ただ、それが正しいと言われても、ではどのように是正するかは簡単ではないといえるでしょう。もっとも、この同一価値労働同一賃金原則はあくまでも相対評価に過ぎません。非正規労働者の著しい低賃金を引き上げるのは、やはり最低賃金制度しかないと思いますし、また、この原則を運用していくためには、労働組合の働きかけや、多様な形態で働く労働者の合意を反映するシステムが必須だと言えると思います。さらに言えば、この原則を実施するために、すべての企業に職務給制度を導入するように義務づけるのかと言われますと私どもも否定的です。即ち、この原則を実施するからといって、企業に単一の賃金体系の採用を義務づけることはできないと考えます。このことは、ほかの国でも同様でありまして、イギリスの企業でも職務評価を導入している企業は約5割に過ぎないと言われています。これは私どもが出版した本の233頁にも書いてあります。肝心なことは何かと申しますと、国としてより職務に着目した賃金制度を誘導する方向性を出していくことだと考えます。また、紛争になったときには正しく労働の価値を評価できるシステムを用意しておくことなのではないでしょうか。
大きい3番目です。そこで、私たちの研究では、日本における同一価値労働同一賃金原則の実施システムとして以下のような3つの提案をしました。第1は、客観的な職務評価制度を導入するように労使に対して誘導していくという政策を提案しています。単一の賃金体系を強制することは社会政策としては不可能ですけれども、しかし、厚労省がお出しになっているマニュアルを改訂して、より客観的でジェンダー・バイアスのない職務評価制度を構築するように企業の労使に対して指導していくような方向性を出すことは有益ではないかと考えます。第2に、紛争解決に当たっての独立専門家の制度を作るべきであると提案しています。現在では同一価値労働かどうかの立証責任は原告にあるわけなので、このことは原告にとっては非常に大きな負担となっています。そこで、紛争になった場合には、裁判所もしくは労働審判委員会が職務の価値評価を委託できるような独立専門家制度を作るべきではないかということです。この専門家は、分析的・客観的な職務評価制度を使用しなければならないとすべきだと考えています。
4頁です。「平等賃金レビュー」を実施するシステムを提案しています。平等賃金レビューは、イギリスで実施されている制度を参考に行ってはどうかと考えています。細かいことは省きますが、イギリスではどうなっているかをご紹介しておきますと、第1段階では、同一の雇用にあるすべての従業員を対象として職務評価を実施します。第2段階では、その中から同一価値労働を行っている男女を確定します。第3段階では、同一価値労働を行っている男女間に重大な賃金格差がないかどうかを把握するために賃金データを収集し比較します。イギリスの場合には、両者間に5%以上の賃金格差がある場合には「重大な」賃金格差としています。第4段階では、重大な賃金格差の原因を突きとめて、その正当性の有無を判断します。そして、第5段階では、賃金格差を縮小する必要があると判断された場合には、平等賃金のアクション・プランを策定し、実施し、その見直しと監視を行うというものです。いわば、差別是正のポジティブ・アクションを賃金について実施するという提案です。さらに言えば、当初はこの平等賃金レビューの実施優良企業にはインセンティブを設けて特別な補助金を支給する手法を取ることも考えられると思います。しかし、将来的には個別企業における男女間の賃金格差の数値を公表する、そういう制度などを作って、それによって平等賃金レビューの自発的推進を図ることができないだろうかと思います。
このようなシステムを構築することが同一価値労働同一賃金原則を実施していると認められるために必要な政策ではないかと考えています。報告は以上でございます。
○樋口座長 自由にご意見、ご質問を出していただきたいと思います。どなたからでも結構ですので、お願いいたします。それでは私から口火を切らせていただきたいと思いますが、3頁の科研費で実験と言いますか、得点要素法を実施したという話がありました。これにはいくつかの要素が入っているのだろうと思いますが、どのようなものがこれを決めてくることになっているのでしょうか。
○浅倉教授 得点要素法が示している4つの要素、4大ファクターというものを利用しております。1つ目を仕事によってもたらされる負担、2つ目を知識・技能、3つ目を責任、4つ目を労働環境と分けて、それぞれのファクターごとにサブファクターを具体的な職務分析に応じて設定しております。おそらく職務によって異なるかもしれませんが、この場合は1つ目の「仕事によってもたらされる負担」の中に重量物の運搬、継続的立ち仕事などによる身体的負担、人間関係や仕事に伴う精神的ストレス、時間の制約に伴う精神的・身体的負担という3つのサブファクターを設定いたしました。また、2つ目の「知識・技能」に関しては仕事関連の知識・技能、コミュニケーションの技能、問題解決力という3つのサブファクターを設定しております。
3つ目の「責任」については、商品管理に関する責任、人員の育成管理に関する責任、利益目標の実現に対する責任というサブファクターを設定しております。4つ目の「労働環境」についてはかなりいろいろ議論があったのですが、たまたま小売業の分析では、日本的ではありますが、1つ目は転居を伴う転勤可能性、2つ目は労働環境の不快性、3つ目が労働時間の不規則性を挙げ、それぞれにウエイトを掛けながら評価レベルと得点を出し、得点を設定しております。
○樋口座長 ウエイトについては何か客観的な、例えば労働時間の不規則性とか転勤可能性など、どれにウエイトを高く置くのか、そういったことはいかがですか。
○浅倉教授 具体的な職務記述書から職務分析をし、それぞれの労働者からヒアリングをして、どの程度のウエイトが妥当かを双方で相談しながらウェイトをかけていったという経緯のようです。私は専門家ではないのですが、社会政策グループの方々が相当苦労しながらやっております。
○樋口座長 私は経済学が専門ですが、そこでも補償賃金仮説とか、これに類似した考え方があるのです。要は、温度や湿度が高いなどといった労働環境の悪いところで働く場合は、そこに対して補償賃金を払わなくてはいけないわけです。補償賃金をいくら払うかについてはアメリカで実験があって、アメリカの場合は州によって賃金表が違うので、独立して州ごとにやったわけですが、州によってウエイトの付け方がかなり違っていた、南部と北部とでも違っていたというのです。そのウエイトをどうするかが、かつて議論になったのですが、最近はどうなったかはちょっとわからないです。
○浅倉教授 その賃金というのは、州の公務員などでしょうか。
○樋口座長 基本的には公務員です。主に行われたのは教員の点数付けの実験だったようですが、同じ小学校の先生でも、どこにウエイトを付けるかが、カリフォルニアとネバダでは違っていたという話です。
○佐藤委員 確認だけしておきます。同一労働同一賃金あるいは同一価値労働同一賃金については、理念として賛成です。ただ、人事管理の専門家としては、処遇制度を模したときに具体的にどうなるかが、研究者だけでなく、たぶん企業の人も非常に関心があるのではないかと思います。例えば、生産現場に機械がA、B、Cと3つあって、Aの機械には佐藤さん、Bの機械には樋口さん、Cの機械には諏訪さんという形で、……は大体同じぐらいで、基本的にその仕事に就いていて給与が決まる、これは仕事給、職務給です。ただ、佐藤さんは経験が長く、Aの機械もBの機械もCの機械も動かせるが、現在はAの機械を動かしている。樋口さんはBの機械は動かせるが、AとCはまだ動かせない。つまり、潜在的、客観的に能力が違うわけです。
佐藤さんと樋口さんがAの機械についたとき、佐藤さんはA、B、Cの3つの機械を動かせるが、いまはAを動かしていて、樋口さんはA1個だけで、B、Cについた結果、佐藤さんは樋口さんよりも不良率が低くなるわけです。それは佐藤さんがA、B、Cの機械を動かせるからです。それで同じ賃金であったら、当然不満が出るので、不良率において賃金に差をつける、これは成果で見ているか、能力か。能力と言っても潜在能力、佐藤さんはAもBもCも動かすことができているというときに、普通、企業は仕事で払う部分と、品質のような成果を見たりする。つまり、抽象的ではなくて、佐藤さんはA、B、Cを動かせている、樋口さんはAしか動かせないというのを見る、これが職能給、能力部分です。
普通はこの組合わせでやっているのですが、これが同一労働同一賃金とか同一価値労働同一賃金といったときに、どうなるか。つまりタイプ別の賃金体系を求めないのはいいのですが、例えば同じ仕事でも、佐藤さんと樋口さんでは賃金が違ってくるわけです。それは佐藤さんの不良率は低い、例えば音を聞いて、そろそろ壊れそうだとわかって補修するから稼動率も高くなる、アウトプットが違うのです。企業はこれで賃金制度の仕組みをつくっていて、私たちの世界ではこれを仕事給とは言わないのです。能力給あるいはレンジ職務給を決められる、レンジは能力で見ていたり、成果で見ているのですが、同一労働同一賃金と言うと、企業の方は仕事だけで給与を払うのではないかと思いがちですが、これは能力も見ているのです。たぶん、出ていくイメージと言われていることは、あまり違わないと思うというのが1つです。
もう1つはテクニカルで、医療福祉のレントゲン技士と看護師についてはいつも問題になるのですが、同じ項目で評価するのです。また、ウエイトも一緒ですから、労働環境のウエイトも同じにするわけですが、レントゲン技士の放射能関係の仕事は、確かにきつい。つまり、労働環境のウエイトが、レントゲン技士と看護師を同じにしてやらないと評価できないのです。見る……の中身などが違う職種で、あとはウエイト、これは話し合って納得させればいいことだと思うのですが、やってくださいと言ったときに、たぶん、企業からどうするのだと言われる、その辺を教えていただければと思います。
○浅倉教授 職務給と言った場合、おっしゃるようにレンジ、幅が相当ありますので、その中で、単なる職務そのものの価値だけでなく、よりさまざまなインパクトが考慮されて、幅の中で決定されていくものだといえるのではないでしょうか。先生がおっしゃっていることとあまり違わないのではないかと考えております。一定のレンジの中で、何が採用されていくかと言うと、先ほど職務給とは職務というものを客観的に評価している賃金だと言いましたが、その中にも実際にはさまざまな属性のたくさんの人がおります。つまり生産高の高い人もいれば、能率の低い人もいると思います。そういう場合は、レンジの幅の中でも一定の差異がでてくること自体が否定されているわけではないと思います。
外国でもそれは問題になっております。判決などを読んでみると、まずは職務の評価をする。一方で、使用者は、職務は同じ価値だが、なぜ賃金が違うのかという、賃金の違いについての正当性を反論していくわけです。そうすると、それは個人の能力の違いであるとか、生産高の違いであるとか、あるいは勤続というものも若干反映しているというように、さまざまな正当性の根拠が示されていく。したがって一定の賃金の幅の中で、それらが合理性のあるものかどうかが必然的に問題になってくるので、そのようにして決まっていくのではないかなと思います。
2つ目のウエイトですが、おっしゃることは理解できます。看護職とレントゲン技士については、危険性というところにウエイトを掛けて、ウエイトの掛け方によっては、それが非常に重要な要素であると判断されるので、レントゲン技士の点数が高くなるようなウエイトづけがなされるのではないか、ということですね。おそらく比較すべき職務相互の、先ほどの4大ファクターはありますが、サブファクターをどう設定し、それぞれのウエイトをどう設定するかは、個別具体的なやり方によって決定されるのだと思います。今回の調査において、実際にどうなったのかは、今、思い出せないのですが、ウェイトのところだったか、それともファクターの所であったのか、システムの構築の際の加減で、レントゲン技士の評価が少し低めに出過ぎたという感触がありました。そこで、システム自体の改善すべき課題が浮かび上がったという指摘もありました。なぜなら、臨床的な職務では、リスク管理をもっと重視すべきだったとか、あるいは、「知識」の中で、就職前の職業資格を考慮しなかったことなどが、反省されておりました。ここに現れているように、私たちの調査・試行が必ずしも万全だったとは言いがたいところもありますので、もう少しいろいろな例が積み重なっていけば、精査された議論ができていくのではないかと考えております。
○樋口座長 同一価値労働同一賃金には大賛成です。いまの議論の中でいくつか浅倉先生から提示していただいたことで、これをどう応用するかというとき、同じ正社員の中において同一価値労働同一賃金を考えていくのか。この研究会の主題は正規・非正規ですが、実はその間に賃金の決め方に違いがある。そのように冒頭で問題提起された内部労働市場と外部労働市場についてですが、どちらかと言うと、これ自身が非正規問題としては重要な問題を帯びている。同一価値労働をどのように厳格に適用するかと言うと、企業によってもちょっと違うところがあると思うのですが、正規・非正規の間の賃金の決め方の違いを問題にするというところは、現実的には企業にかなり強要することになるにしても、必ずしも不可能ではないところがあるのではないか。どれにどうウエイトを付けるかというのは、まさに企業の自由であるし、管理の冥利に尽きるところもあると思いますので、そこまで縛ることはできないだろうと思いますが、その点はいかがでしょうか。
○浅倉教授 諸外国の例を見ると、確かに男女間では同一価値労働の「価値」の比較が非常に進んでおります。ただ、正規・非正規でも同一価値の価値比較が行われているかといわれると、JILの研究会の報告書も既に出ていますが、正規・非正規間では、むしろ同一労働あるいは類似労働の幅の中での均等取扱いが重視されているということです。したがって、男女間と全く同じように正規・非正規間で労働の価値比較がなされているかと言うと、否定的にならざるをえません。ただ、私は、日本に引き付けて見ると、日本では正規・非正規間のあまりにも著しい格差を縮める論理がほとんどないので、男女間でこの原則を実施するのと同時に、正規・非正規間でもこの原則を何とか日本的なやり方で実施するほうが効果的であると考えているのです。
しかも、全くの同一価値に対して同一賃金を支給するだけでは、正規・非正規間の仕事そのものの価値が同じ場合ということが実態としてはほぼあり得ないものになりかねないので、むしろ日本的な「均衡」という考え方をきちんと位置づけて、比例的なバランスで、できる限り労働の価値を賃金の格差に反映させていくということがよいのではないか、と考えます。労働の価値の格差と賃金の格差の両方のバランスをとっていくという考え方を、むしろ積極的に利用していったほうがいいのではないかということです。パートタイム労働法ができたときに、「均衡原則」に対する批判は結構強かったのですが、逆に、今、もし「均衡原則」というものが日本的な原則として定着しつつあるのならば、それを格差縮小に利用していけないだろうかと考えております。すなわち、男女間のみならず、正規・非正規間にも価値比較というのを導入してはどうかと思うのです。
○佐藤委員 先ほどのレントゲン技士と看護師とか、出てきたポイント差と賃金格差で言うと、ポイント差がちょっと小さいのではないかという話でしょうか、これがなかなか難しいのは、戦後、職務給を導入するときに職務評価をやったのですが、ポイントで出てきた格差が正当かどうかは、結局賃金で見るのです。1つは、今もらっている賃金でポイントのほうを合うようにするのです。そうするとどういうことが起きるかと言うと、みんなで話し合って、この仕事のこの賃金は納得できるというところは抑えて、このポイントを格差で割り振っていくことをやらざるを得なくなってくるのです。
つまり、水準というのは決められないし、出てきたポイントが正しいとどう判断するかと言うと、結局、今もらっている賃金に合うようにポイントを付けることになりかねないものですから、そこはなかなか難しいのです。変な話、教授の賃金はいい、あるいは准教授の賃金はこれでいいと、どこか1個は納得した賃金を決めておいて、それとの格差で教授のを決めるというやり方をせざるを得なくなるわけです。そのような意味では均衡というのは非常に大事だと思うのですが、運用上は結構難しいし、話し合いの仕組みをどう作るかということとセットでやらないと、職務評価で賃金をというのは難しい。私はよくわかるのですが、セットで提案しないとなかなか難しいかなと思います。
○浅倉教授 おっしゃるとおりだと思います。むしろ企業の中で話し合いの場を作ることによって解決することも多いかと思います。先ほどお話した平等賃金レビューも、結局すべての労使や、男性も女性も、正規・非正規も、みんなが参加するような委員会制度を作って、その中でいかに格差を合理的な格差として是正していくか。そのような議論を合わせて行わないと、なかなか納得が得られないのではないかと思っております。ただ、現在は、そうしたものがなにもないのですから、それを作っていくことは、おそらく格差の解消に有益なのではないかと考えております。
○樋口座長 この懇談会の1つの目的というのが、横串を刺すということで、非正規の中でもいろいろな雇用形態がありますから、正規・非正規の問題と、もう1つは非正規の中におけるパート、嘱託、契約の間でのバランスをどう取るか。どちらかと言うと、今まではパート法などといった縦のほうで見てきて横のところがなかったので、それをどうするかという問題提起だろうと思うのです。同じ非正規の中でも給与の決め方が違っていたり、派遣やパートもみんな違っていたりするわけですが、その点について何か先生の考え方というのはありますか。
○浅倉教授 いま言われたように、非正規の特色によって全く異なる法体系も準備されていますが、均等とか均衡待遇の概念を作り上げることが何より重要だと思います。やっている労働がほとんど変わらないとい場合は、派遣が典型です。派遣の人の労働と、机を並べている社員の人の労働はほとんど変わらないけれども、雇用主が違うために比較可能性自体がないのだという議論になりがちです。派遣労働者と社員である労働者との間の均等待遇というものは、実は労働の差がないのですから、考え方さえ確立すれば、均等にすべきという原則には馴染みやすいと思います。しかし雇用主が違うことで、どのようにして均等待遇を義務づけるかという根拠づけが非常に難しくなっているにすぎない。逆に、パートは短時間であり、有期であるというところで、同一価値労働同一賃金原則を厳密に適用していくと、厳密な「同一性」は少ないために、むしろ「均衡」が生きていくことになる。そこでは価値比較がバランスの問題として生きていくのではないか、雇用形態の中にもそんな違いはあるかなと考えております。あまりお答にならずに申し訳ありません。
○諏訪委員 お伺いしていると、何が問題かという部分はほとんど共通で、多くの人は大きく変わらないし、なぜ、そうなっているかというのもほとんど変わらないのです。問題はどうしたらいいかという部分で、それぞれの経験や学問分野によって考え方がなかなか収斂しないのではないか、もちろん、労使では立場によるものが収斂しないのではないかと感じております。浅倉先生が3頁の3で出されている提案ですが、これを私なりに非常に強引に単純化すると、1番目に、一定のガイドラインを示せ、2番目に、それに沿って現実に運用できる、客観的判定ができるような専門家のシステムを作れ、3番目に、当事者もこのようなものを踏まえてやれということですので、細かな問題は別にしても、結局はガイドラインと専門家がうまく回って、これと現場の自立的な労使関係における工夫との歯車が合っていくことが非常に重要なポイントかなと思いました。
職務評価だけでやれるかという問題は、やはりなかなか難しいだろうと思います。と言いますのは、これだけでいくと、浅倉先生も指摘されている正規・非正規間にある能力開発における大きな格差の問題、これは静態的に評価しているときには表に出てきませんが、全体をマクロで、かつ動態的にダイナミックに見ると非常に大きいので、ここをどうするか。どうするかと言っても、私にも考え方はないのです。そういうことは前からきちんとやらなければいけないということだけは言っているのですが、そんなことを言ってもほとんど誰も本格的にやりませんから、この部分はどうお考えなのか。
もう1つは、浅倉先生の研究グループがなさったときの研究では、地域間における格差、企業規模間における格差、産業間の格差といった問題はどのように織り込まれたか、あるいはそのようなのはちょっと脇に置いておいて議論したのか、そこだけお伺いできればと思います。
○浅倉教授 能力開発の問題については、申し訳ありませんが考えているとは言いにくいので、むしろ諏訪先生にお願いします。後者のご質問の地域間、企業規模間の格差というのも、とりあえず「同一企業の中で」という発想でしたし、法制度的にも「同一雇用の」という一応の限定を付けて比較しておりますので、そちらのほうは考慮外としております。
○諏訪委員 全部入れたら、どうやっていくのかと思いましたから、ほかに方法はないだろうと思いますが、こういう試みをたくさんやっていけば、だんだん明らかになっていくと思います。
○樋口座長 もう1つ、先ほどの1頁の(3)で、労働法はジェンダー差別解消に効果的だったか、というのがありました。まさに、そういう質問の結論はどうだったのかをお聞きしたいというのもあるのですが、ここに多くの法律が並んでいて、割と似たようなものもあるわけです。ただ、現場の話を聞いてみると、旧厚生省は、どちらかと言うと企業単位での運用というか、指導といったものがされていたのに対して、旧労働省側は事業所単位で、例えば育児介護休業法は事業所単位でくるけれども、次世代法については企業単位なので、大きな企業においては、すべて本社で決めろと。
この間滋賀県に行ったのですが、滋賀県には工場はあるけれども、本社が少ないので、県として指導ができないということがあるわけです。法律がいろいろあるだけではなくて、それに対応したものが違っているところがあって、効果的な運用になっているかどうかというところで指摘されたのですが、何かそのようなことになっているようです。
○浅倉教授 それはいま初めて伺いました。
○樋口座長 私よりも佐藤さんのほうがよくご存じかもしれません。
○佐藤委員 枠外性雇用などは企業単位ですからね。
○樋口座長 そうですね。ですから、本社が決めることを、各工場では待っている。ただ、企業全体の話ですから、必ずしもそれぞれにはという話を。
○浅倉教授 雇用率の設定や事業主の行動計画といったものは、確かに企業ごとに決定するわけですね。一方、育児介護休業法などの場合は、本人の申請によって支給する、支給しないということなので、おそらくそれは労働時間等と一緒の取扱いになるかなという気がいたします。
○樋口座長 労働局でも事業所というか、工場ばかりの所はやりづらいという話を聞いたことがありました。
○浅倉教授 意識しておりませんでした。
○樋口座長 小宮山大臣から何かあればお願いいたします。
○小宮山厚生労働大臣 私はパートタイムのところに10回中8回出席いたしまして、意見を述べましたので、皆様にお聞きいただければ十分でございます。
○樋口座長 政務官から何かあればお願いいたします。
○津田厚生労働大臣政務官 ちょっと立場を離れてと言いますか、自分の長年の経験から申しますと、この問題を取り組むに当たっては懸念が1つありました。それは格差がある、差別がある、賃金差別があることで経営者と交渉をすると、上を下げればいいではないか、モチベーションを考えなければ、差がなければいいだろうと。下を上げることが当たり前だと思っている我々に対して、上を下げればいいではないか、これにどう対応するか。常識的に言えば、当然ボトムアップですが、中には逆の発想をする経営者もいるわけです。ここは立場を離れて申しますと、ジェンダーの問題で言えば、男性の賃金を下げて、女性の賃金を上げれば、トータルの人件費は変わらない、経営者はそれでも構わない、これはいかがなものかと思うのです。
○浅倉教授 パート研でも同じような議論が何度も出まして、いろいろな意見があったと思います。同一価値労働同一賃金原則というのは、基本的には下を引き上げるという意図で導入されるのが前提です。しかし当然のことですが、価値を比較して1つのものにまとめようとすれば、飛び出たところは引き下げ、下にあるものは上に上げてといった修正が必要になるということはあり得ると思います。その場合、研究会では、労働条件の不利益変更の合理性審査の問題になるだろうという議論がありました。諸外国については、私の知っている例はイギリスぐらいですが、類似の議論があります。すなわち、これまで全く異なる賃金交渉をやってきた労働組合が、男性職と女性職に分かれていたので、それを統合して1つの労働協約交渉にして賃金を是正しようという議論をしたところがあります。そうした場合、やはり、低すぎた女性職を高めると同時に、高過ぎた男性職を引き下げるという作業がどうしても必要になります。
そのときのやり方としてはレッドサークルというのがあります。男性職をいきなり引き下げるのではなく、何年か経つまでは激変緩和をする、すなわち、徐々に統一的なものに持っていこうということで、しばらくの間は男性の賃金に赤い丸を付けておき、急には引き下げないというものです。その後、何年かの間に計画的に引き下げていくというやり方をした自治体がありました。ところが、それをやると、今度は女性職の側から、格差がしばらくの間、維持されているではないかという不服申立が出てくるのです。イギリスの場合は、結局、法を作って、激変緩和のための措置は差別とは見なさない、そのようなやり方を国家が政策として取っても適法であるという条文を作ったという事例があります。日本でもそのような議論は起きるだろうとは思っております。
○樋口座長 それでは、本日の浅倉先生からのお話は以上で終了したいと思います。お忙しいところ、どうもありがとうございました。
○浅倉教授 ありがとうございました。
○樋口座長 それでは続きまして、大沢真理、東京大学社会科学研究所教授からお話をいただきたいと思います。お忙しいところ御出いただきまして、誠にありがとうございます。それでは、資料に沿ってお話をしていただきたいと思います。よろしくお願いします。
○大沢教授 今日は、大変貴重な機会を与えていただきまして、ありがとうございます。お手元に資料3として、私が提出した資料がございます。締切りが半日以上早まったために、解説を書いている暇がなく、図表だけという資料でございますが、ご容赦ください。
それから、委員の顔触れを拝見しましたら、もう錚々たる専門家の方々が集まっておられまして、必ずしも非正規やパートの問題を専門にしているわけではない私を呼んでいただいた趣旨というのは、少しマクロ的と言いますか、国際比較も含めて、非正規を取り巻く状況、あるいは非正規化が進んでいることによるインパクトのようなことを話すようにという趣旨だと理解いたしまして、資料を用意いたしました。
1頁目の図1表1というのは、もう皆さんご承知のことでございます。一応、非正規雇用者の比率を出してみました。女性については、80年代の半ばぐらいから、かなりのテンポで非正規化が進んでまいりました。男性については、非正規化が進んだのは、主として2000年代の前半であることが示されております。直近では、男女とも、非正規の比率がむしろ下がっています。これは、正社員が増えたわけではなく、リーマンショックに続く世界同時不況の中で、激しい非正規切りが行われたことを反映しております。表1は、荒っぽいですが、年齢階級別に分けて、どの年齢層で非正規の比率が2005年から2010年にかけて減ったかということがわかるようになっております。女性では、1番若い15歳から24歳の層及び35歳から44歳の層で2005年から2010年にかけて、非正規の比率が減っております。男性では、15歳から24歳の層と45歳から54歳の層で減っています。これは、5年ごとに取りましたけれども、ご案内のように、2008年から2009年2010年にかけてが、比率というよりも絶対数でも激しく非正規が減ったわけでございます。
次頁からは、このような非正規化が社会保険制度に及ぼしている影響が見えるように資料を用意いたしました。まず、図2は、雇用者に占める社会保険適用者の割合です。制度別と性別になっております。それで、見ていただきたいのは、上から2番目の青いグラフ、厚生年金を適用されている女性雇用者の割合。それから、下から2番目の黄色いグラフ、政府管掌健康保険を適用されている女性の割合で、もちろん雇用者が全て厚生年金や政府管掌健康保険を適用されるわけではありませんから、これはあくまでイメージでございます。しかし、景気の浮き沈みに伴って、男性では上下するのですが、女性では厚生年金の適用率が下がってまいりました。やや持ち直しの気配は見えますけれども、やはり1994年ぐらいから比べると、有意に適用が下がっていますし、政府管掌健康保険においても同じことです。
これを年齢別に見るとどうなるかということで、図3では、20歳から29歳に対する公的年金の加入状況を取ってみました。データは国民生活基礎調査ですから、本人が認識している制度への加入を示しておりまして、加入していないという右側の水色の部分が結構な比率に上っておりますが、しかしながら、ご案内のように、第1号被保険者を20歳到達時点で職権適用することが始まり、1997年から完全実施されたわけですから、理論的には加入していないという人はいない。本人が、保険料を納めた覚えがないので、加入していないと思っているという部分がここに含まれているわけです。ご覧いただきたいのは、男女ともに、第1号被保険者が増えていること。第2号が減っているわけですけれども、第2号が減ると、女性の第3号というのも減らざるを得ないため、図2に見たような、厚生年金の適用の低下が、特に若い層で起こっていることを示しております。
次に、図4は、これはOECDの雇用保護ウェッブサイトから作ったデータで示しております。縦軸は、正規雇用者、期間の定めのない雇用者の、解雇からの保護の強さ、これは0~6の間の指標で示されます。横軸には、期間の定めのある雇用の、労働市場の規制の強さを示しております。3つの時点、点が矢印で結ばれておりまして、矢印の始まりが1990年の状況。2番目が1999年の状況、3番目が2003年の状況を示しております。ウェッブサイトには、各年の数値が載っておりますが、特にこの3つの年を選んだのは、ご案内のように、日本で派遣労働の規制緩和が行われた直後の時点というのを見ているわけでございます。見ていただきますと、2003年の日本はニュージーランドにとても近いところにおりまして、正社員の解雇からの保護もさして高いわけではない。それから、有期雇用の規制緩和が順次行われてきた結果として、今日では労働規制の最も緩い—規制がほとんど存在しないようなアメリカは別格ですが—、アングロサクソン諸国に近いという状況を示しております。それから、他の国は大体右から左に真横に動いていて、正規の解雇からの保護はそのままに、有期(非正規)の規制を緩めてきたというのが大抵の国でございます。スペインとか、韓国がやや違う動きも示しております。
ここでご注意いただきたいのは、この統計は、2008年に指標が改定されております。2008年以前は、日本の数値は、正社員の解雇からの保護は、2.04ございました。ドイツとノルウェーの間ぐらいのところに縦軸の数字はあったわけです。ところが、2008年にOECDが精査をしてみた結果、日本の正社員の、解雇からの保護の指標は高過ぎたということで、1.87に改定されました。他の国も、わずかな改定を受けた国はありますが、日本ほど大きく指標が改定された国はございません。なぜ改定されたかというと、離職手当が全て払われるという前提でそれ以前の指標が作られていたのが、そうではない実態をつかんだので改定するという説明が、OECDのワーキングペーパーなどでなされております。やや余計なことではございますが、例えば経済産業省などで産業構造の議論をするときに、日本は正社員の解雇からの保護が強過ぎる、そのために正社員が雇われず、非正規が増えるのだというお話がずっとあったわけでございますが、そういう論理はもはや適用できないだろうというのが、この新しい指標から言えるところではないかと思います。
次の図5は、これは厚生労働省が7月に発表されました、貧困率の年次推移でございます。太い実線が人口の全体を示しておりまして、16.0%。これは、2009年の数値に基づく計測でありまして、データが存在するのが1985年からです。その中で、最悪の数値になったと厚労省も記者発表で説明なさったようですし、報道されております。さらにその原因について、厚労省のご説明では、高齢化もさることながら非正規化がこの背景にある。これは、内閣府等で説明をされるときには、専ら高齢化とともに、単身世帯の増加という要因で説明してきたのですが、厚労省の説明におかれては、非正規化という要因が注目された。これは、私もテイクノートしたところです。それから、いちばん上の「大人が一人」、これは大多数が母子世帯でございます。これが、かつては63%あったのが、現在で50.8%に下がった。これも非常に注目される動きなのですが、これについても厚労省の説明におかれては、母子世帯の平均年収はこの間全く増えていない、にもかかわらず貧困率が減ったという結果が出たのは、これは全体として非正規化したことにより他が落ちたので、母子世帯は相対的に浮かび上がったように見えるというお話になっていたもののようです。
だんだん国の数が増えてきて、グラフが複雑になりますが、ご容赦ください。この次の図6は、OECD諸国について、労働年齢人口の相対的貧困率の2種類、市場所得レベルと可処分所得レベルを取っており、なおかつ黄色いグラフは貧困削減率を示しています。貧困削減率の定義は注に示してありますのでご覧ください。ご案内のように市場所得というのは統計上の概念であって、人々が実際に経験する所得ではございません。皆、税金を払って、社会保障給付を受けたり、社会保険料を払って生活するわけですから、実態を示しているのは可処分所得です。しかしながら、市場所得と並べて示すことにより、政府が税制と社会保障制度を適用することによって、さもなければ起こったはずの貧困に、どのように変化が起こったかを見るために重宝なデータでございます。
それによると、ヨーロッパの大抵の国では、市場所得レベルの貧困率を半分以上、政府による再分配が削減いたします。ところが、日本の黄色いグラフはメキシコに次いで低いということで、結果として、可処分所得レベルの相対的貧困率は、OECD諸国でもトップクラスというか、ワーストクラスの値になります。
これら、労働年齢人口についてお話しております。労働年齢人口の中で、2つの世帯類型を取ったのが図7です。青いほうが、成人全員が就業している世帯。その中には、夫婦共稼ぎ、1人親で就業、単身で就業というケースが含まれてまいります。臙脂色は、カップルの1人が就業ですから、大抵は、専業主婦世帯であると。いいかえると男性稼ぎ主の世帯です。それぞれ、貧困削減率が示してございます。つまり、図6の黄色いグラフだけをこちらで取り出して、世帯類型別に見ているわけですね。それで、日本の貧困削減率は最も低いだけでなく、成人全員が就業しているとマイナスになってしまうという、驚くべき結果になります。政府が手を出さなければ、政府が存在しなければ、貧困にならなかったはずの人が、貧困になっているということを意味しています。
同じことが子どもについても起こっているというのが図8です。日本だけ、黄色いグラフが左側に突き抜けております。これは、OECDが計測したもの、そのデータでございまして、政権が変わる以前の自民党政権下においては、OECDのこのようなデータに基づいて国会質問が行われますと、OECDが用いているデータには問題があるかもしれないから精査が必要という答弁がなされておりました。しかしながら、2009年4月に、当時の経済財政諮問会議に有識者議員が提出した資料の中にも、日本において、可処分所得レベルの子どもの貧困率が市場所得レベル、当初所得レベルよりも高くなるというグラフが含まれておりました。ただし、その解説は、これらの所得にはサービス給付が含まれていないという注がございまして、なぜ、可処分所得レベルの貧困率のほうが高くなるのかという問題意識は、その資料からは感じられません。
なぜこういうことになるのかという問題ですが、その一端の理由を示しているのが図9です。所得第1五分位ですから、最も貧しい20%の世帯可処分所得に占める公的移転と税・社会保険料負担の割合を示しています。日本が真ん中辺りにきておりますが、申し上げたいことは、日本の最貧層(所得最下層20%)は、公的移転は他の国に比べてあまり受けておらず、反面で税や社会保険料負担は重いということを示しています。もちろん、日本以外にもスイスのように、結構ひどい国がありますが、日本の所得最下層というのは政府によってかなり冷たい扱いを受けていることを示しております。その事態を、2000年前後と2000年代半ばで比べていて、やや改善された気味はありますが、抜本的な改善ではございません。
そこで、次に、所得再分配調査に基づいて、当初所得の階級別に、税負担率と社会保険料負担率を出してみました。上の図10が税負担で、これは世帯所得を等価にするという加工を所得再分配調査自ら行っています。ご案内のように、世帯の所得を扱って、貧困であるとか、ジニ係数がどうかなどを扱うときには、世帯人員の数、規模が違うという状況をどうクリアするかという課題がありまして、国際比較では、通常、世帯所得を世帯員の数の平方根で割る。4人世帯であれば、2で割るという加工を施して、世帯員あたりの比較をできるようにいたします。
日本の所得再分配調査が、そのような等価所得のデータを掲載するようになったのは、平成14年報告書からでありまして、それ以前については、原データをいただいて加工すればできるのかもしれませんが、とりあえず見られるというところでは、その間の年のもあるのですけれども、平成14年と平成20年の比較ができるということです。それで、税負担を見ていただきますと、2001年と2007年の間で、もちろん青いグラフのほうが上にあって、負担は高まっておりますが、同時に見ていただきたいのは、右上りの程度です。税負担の累進性の程度というのが、やはり下がっていると言わざるを得ないわけです。そして、年収50万円未満、当初等価所得ですけれども、ここは数値が77.9%とか、112%なので、グラフに入れるとグラフが上下に潰れてしまいますので除いてあります。
図11は、社会保険料負担を示しております。赤いグラフよりも青いグラフが上にあるわけですから、社会保険料負担は上がりました。当然です。この間、社会保険料率の引き上げが行われておりますから。と同時に、逆進性も強まったかに見える、決して緩和はされていない。この間に低所得者に対する社会保険料の減免措置は、かなりきめ細かく取られてきてはいますが、やはり右下がりであると。減免措置というのは、当初所得には出ないで、当然、可処分所得で出るわけですから、当初所得で示せばこうなるのです。つまり、減免措置の効果については、今後の研究課題かと思います。
以上が提出させていただいた資料の説明でございます。そのうえで、非正規化に関して、2つの問題を申し上げます。1つは、非正規というカテゴリーのレレバンス、それがどれだけ有効であるかということです。非正規の中にも、さまざまな種類の方がいらっしゃって、非正規の形で働いている理由、パートや派遣の方、契約社員、嘱託、アルバイトというふうに、呼称だけを取ってもたくさんいらっしゃるわけで、そういった形態、雇用区分で働いている理由が、またさまざまであることが知られております。非正規は非正規として一括するということは、果たしてレレバントなことなのかというのが1つの論点でございます。これについては、私の勤務先である社会科学研究所には、佐藤博樹先生もいらっしゃいますが、研究紀要を発行していまして、『社会科学研究』と申します。その今年の3月にでた号が、労働市場の非正規化に関して特集を組んでおります。その中で、韓国を専門にしている有田伸准教授が、韓国の非正規カテゴリーについて、日本との比較、対比を念頭に置いた論文を書いております。結論としては、韓国は非正規の比率が男女ともに非常に高い。半分近いとか、男でも半分近い、女では半分以上ということが言われているのですが、この差は正規・非正規の差であるよりは、むしろ勤務先企業の規模の差であると、韓国については理解できる。これに対して日本では、やはり非正規というカテゴリーが独立性というか、単独での説明力を持っているわけで、韓国と比べても違うことに留意しなければいけないという結論になっております。
もう1点申し上げたいことは、このように日本では独立的なカテゴリーになっていて、固定性が強い非正規と正規の間に賃金格差、待遇格差があることをどう考えるかと。当事者の納得があれば、それは差別とは言わないのだろうかというようなことです。これについては、私、調査等をしたわけではありませんので、納得性云々については直接申し上げることはないのですが、もう少しマクロ的な、あるいはグローバルな視野で考えるとどうなるかということです。ご案内のように、日本では1997年から一貫して名目平均賃金が下がり続けております。主要国の中で、このようなことになっているのは日本だけです。同時に、デフレから脱却できないというのも、世界の多くの国の中で、主要国としては日本だけです。日本総研の研究員である山田久が、『デフレ反転の成長戦略』というタイトルの本を去年出版されました。日本でデフレが続いているのは、平均賃金が長期に低下しているからであり、この平均賃金の低下の8割以上は非正規化によって説明できると主張なさっています。つまり、一人ひとりの非正規の人が、たとえ処遇に納得していたとしても、マクロ的にはかなりの不均衡を起こしている。
この問題は言ってみれば、複数均衡の中での低位均衡のわなに陥っている事柄ではなかろうかと思います。均衡しているわけですから、誰もがそこから動こうとすると、いまのポジションよりも悪くなってしまう、損をしてしまう。例えば、パートで就業調整して、働いている人が103万円、130万円を超えると社会保険料が増えたり配偶者控除がなくなったりするので、しないと。これは、その個人にとっては合理的な行動でございまして、そこで均衡してしまっているわけです。しかし世の中全体の労働力の利用・充用であるとか、全体としての賃金水準、国民所得全体、これが税収や社会保険料収入に跳ね返ってくるという、マクロなお金の回りというのを考えたときには、もっと高いレベルの均衡に、何かのプッシュをすれば到達することができるのではないだろうかと。
こう考えますと、個々の雇い主はご不満ではありましょうが、何かの規制をかける、均等待遇というようなことを規則にするということによって、みんながより高位の均衡に辿り着けるということであるとすれば、これは政治、政策の責任ではなかろうかと思う次第です。以上でございます。
○樋口座長 どうも、ありがとうございました。それでは、これでディスカッションに移りたいと思います。どなたでも結構ですので。
それでは、また口火を切らせていただきますが、貧困の問題、非常にショッキングなデータがいくつか示されています。実はOECDと慶応大学が契約を結んで、ルクセンブルクと貧困の、特にダイナミズムについて比較するというようなことをやっていまして、ここへ出てきたスタティックな一時点での貧困の問題で、正にこういうことが起こって、日本の場合、政府の再分配機能が非常に弱い、特に子どものいる世帯では、逆に政府が再分配をする結果、不平等が拡大するというようなことが指摘されて、かなりショッキングな結果になっているというところがあります。そのダイナミックのほうで、1つ出てくるのは、貧困の固定化が進展しているのか、それとも一時的な貧困に陥っている人たちが、例えば次の年、あるいは2年後に、今度は上の階層にシフトしていってるということが見られるのかどうかという国際比較をやってみると、わりと日本はヨーロッパの中でも真ん中ぐらいであります。アメリカがよく一時的なアメリカンドリームみたいな、一時的には低所得であっても頑張って上に行くんだというのがありますが、あれは嘘だということが統計でいろいろ示されて、アメリカは貧困率が高いだけでなくて、固定化も進展してきているというのが、少しずつわかってきておるわけですね。
それで、その中で、この研究会との関連で言うと、どうも日本の貧困はヨーロッパに比べて、1つの特徴として言えるのが、他では無業者、あるいは失業者が貧困に圧倒的に多いのに対して、日本はその比率は相対的に低くて、むしろ働いている貧困が多いというのが出てきているわけですね。そのかなりの部分というのは、やはり非正規という形で、それの固定化が進展してきていると。だから、一時的な貧困問題と同時に、それ以上にやはり非正規から正規への転換を通じての所得の増加であるとか、そういったものがどうも十分に達成できないような社会になっているというところを問題視してまして、どうやれば転換できるのか。それぞれの時点における正規・非正規の格差問題と同時に、非正規の人を正規のほうに転換していくような社会システム、企業の中でもあるかもしれませんし、企業を越えた、社会としてということがあるかもしれませんが、そのところがすごく問題だという指摘が最近出てきていますね。それについて、特に非正規問題、大沢先生、非常に詳しいので、そこら辺を教えていただけたら、どうやれば転換し、貧困の固定化を回避できるだろうか。要は、一生懸命やる人がどうすれば上に行けるということになるんだろうかという知見がございましたら、教えていただきたい。
○大沢教授 おっしゃるように、労働年齢人口の中の貧困層を取り出しますと、日本では4割が有業者2人以上の世帯、典型的には夫婦共稼ぎだと思います。これはもう、他の国に比べて非常に驚くべき日本の特徴でして、特にヨーロッパですと、労働年齢の貧困層というのは、もう家の中に誰も働いている人がいないという、有業者ゼロの世帯がほとんどの部分を示している。アメリカでは有業者1人という世帯が多いのですけれども、これは1人親世帯、端的に言って母子世帯の多さと関連しているわけです。
ですから、日本のワーキングプアでは、特に女性の稼ぐ力が弱いというのが、この共稼ぎでも貧困という事態に関連していると考えます。ただ、非正規を正規化するというふうに一足飛びに行くのではなく、つまり正規というと、フルタイムで、残業もほとんど制限なしみたいなイメージになってしまうわけですが、労働時間は短くても、時間あたりの賃金でさほど差別を受けない、格差がないという状況にすることは、1つの方法であろうと思います。もちろん、その意欲と、フルタイムで働ける条件がある人については、フルタイム正規にするということも望ましいです。何よりも、どうも韓国の非正規が独立のカテゴリーではないとすると、日本的な非正規というのは、本当に日本的に特殊な存在ということになりかねないわけでして、それをどうやって解消していくかを目指すのが1つの方法でしょう。均等待遇ができていけば、雇い主にとっては、非正規パートというのは、それほど安上りの労働力ではなくなるわけでして、そういう意味でも、例えばもう格差は大きくても2割程度、だから均衡ある待遇の下限というのは2割程度というようなことをルールにしてはどうか。判例ではそういった判断があるわけですが、ルールにしていくというようなことは考えられるのかなと思っております。
○樋口座長 ありがとうございました。
○佐藤委員 非正規の人の処遇改善、まず正社員転換できる人はするし、あとは非正規のままでも処遇改善、均等なり均衡というようにやっていくのに私も賛成で、ですから1つはマクロ的な最賃の引き上げみたいなのがあると思いますし、今度パートの部分の改正もあると思うのですけど。もう1つは、社会保障の制度のほうで、就業調整をなくすようなことをどうするっていう、いま、ちょうど年金の見直しですけれども。議論が出てくるのは、実際いま均衡しているわけですね、個人的に見ると。動かしたときに、私も変えなきゃいけないと思うのですが、パートの処遇改善、やっぱり年金なんかもすごく大きいと思うので。そのときに、企業なり個人が、どこをどうするか、やってみないとわからないですけれども、どんなふうに考えられているのか。移行した場合に、1つは長く働くようになる人も出てくるし、辞めちゃう人も出るわけ。企業がどこをどうするか。これ、結構、審議会のほうでも議論が出てきて、これはやってみなきゃわからないとしか言いようがない部分があるのですけれども、どんなふうに移行期について、どんなふうな見通しか。結果的には、上って改善してくとは思うのですけれども、
○大沢教授 私が以前から提案しているのは、特に年金制度を一本化、一元化するということですね。やはり、厚生年金の保険料は高いわけですから、雇用主がそれを回避したいというインセンティブは非常に強いと思います。健康保険のほうは、いくらなんでも健康保険をかけないのは気の毒だということのようなので、やはり厚生年金のほうが回避されてる率は高いと思われます。理想を言えば、健康保険も自営業、無業、雇用者を問わず一本化することが望ましいと思っておりますし、そのときに保険料の負担の仕方を、いままでのように労使折半と考えるのか、それとも、個人は全て所得に応じた保険料を払う。それから、企業のほうは、人件費というよりは、もう少し外形的な基準に応じた法人社会保障税みたいな形で納めて、それを全体に充当するというのでしょうか。そういうことも、究極的には考えられると思っています。
留意するべきは、社会保険料率も日本は世界でいちばん重くなってきていることです。ちなみに、日本の税負担は、主要国の中で最も軽く、社会保険料負担は、労使折半の労働者の側を取り出してみれば、ドイツに次いで最も重くなってます。増税をしないでおいて社会保険料負担を上げるというのは、もう、「やらずぶったくり」としか言い様がないと私は思っております。低所得者への社会保険料の減免措置を保険料の制度内でやるのか、それとも、いくつかの国が採用しているような、税制のほうで社会保険料の控除、給付付き税額控除を導入するとか、そういった税と社会保障制度のミックスの手段が必要と思っています。そうして制度が一本化してしまえば、就業時間を30時間未満にすれば制度外に追いやることができるという抜け道はなくなるわけですよね。同時に、雇用者の一人ひとりについて、誰に毎月いくら社会保険料払ってるというふうに雇用主は思わなくなるわけですね、一括した法人社会保障税みたいになってくれば。そのようなことも考えておりますが、いまのご質問は、移行期どうするかという点で、移行期は大変難しい問題はあろうかと思います。それでも大事なことは、着地点というものをしっかり示して、そして移行についての労使のご協力をいただくように努力するということではないかと。どこに行くのかわからないのに、明日からこうやって制度変えようと言っても、なかなか難しいと思います。
○樋口座長 どうも、ありがとうございます。確かに、再分配機能を考えたときに、日本が弱い理由というのは、1つは税制における累進度所得税制度の累進度が大分変わってきた。かつて最高税率70何%あったのが、40%まで下げられた。これ、20年間でやったわけですけれど、その効果が薄れて、税による再分配は弱まった。もう1つは、やっぱり社会保障制度のところも、これは数字ではなかなか出てこないのですけれども、保険料が、やっぱり現役あるいは働いているときに所得の高い人がたくさん納めていて、リプレイスメントレイトが決められているわけですね。個人ベースで考えると、所得の高い人が保険料を高く払って高く給付を受けるというような、ある意味では再分配にならないで、個人の、民間の保険会社がやっているようなものになっている。これは、ある意味では、所得の、1人の個人で見ると、均しているような、こういった形になるんですけれど、異個人間で比較すると、再分配機能が働いてこないというところで、ある意味では特別会計と一般会計の意識で、特別会計のところがどんどん保険料の引き上げであるとか、そのようなことがなされてきて、片方と歪な形になっちゃったというような現実のほうが、かなり問題の指摘の中に出てきているという感じがありますよね。
○大沢教授 非常に歪なことになっていると思っております。社会保険料負担が、最後のグラフに示したようにひどく逆進的だというのは、やはり1つには、社会保険制度が分立していて、低所得の人が加入していることが多い制度が国保であり、それから国民年金第1号であって、保険料は定額負担ですよね。ですから、低所得の人にとって非常に重くなっている。地域によっては、勤めて稼いでいる人が少ない中で、たまたま勤労所得があると非常に重い国保保険料負担になってしまいます。それが制度が空洞化する元にもなっていますから、この辺りを手当するのは非常に急務なのかなと思います。
然は然りながら、年金については、標準報酬最高限、保険料の負担のほうでは最高限を取っ払ってしまい、給付には最高限を付けるという提案、方法もございまして、実際そういう方法を採っている国もあるわけです。私は、払うだけ払ってもらったら、年金も給付するだけ給付するというほうが、負担のインセンティブは高まると思います。課題はそこから先です。社会保障給付に課税してはいけないという理屈はありません。日本では、保険料を払うときに社会保険料控除で控除しておいて、それから年金をもらうときに公的年金等控除でまた控除して、二重の控除をしています。しかし、そのような二重の控除をしている国は、おそらく日本しかないわけですよね。北欧諸国などの高負担・高福祉といわれる諸国では、高い年金給付や失業給付にもしっかり税金をかけているのですね。それで、グロスで給付した分にくらべてGDP比にして5%から7%は課税で一旦取り戻します。それから、そういう税収をまたユニバーサルなサービス給付に使います。そこで、社会支出のネットトータル、私的な医療や介護、あるいは私的年金の負担というのを公的な純負担と合わせると、北欧諸国というのは意外と低負担、中負担で、そして高い福祉を実現している。このネットトータルでは、日本とノルウェーで大体同じなんですね。これは、日本の私的年金の負担がどんどん重くなってきているからです。ところが、ノルウェーと日本の相対的貧困率を比べますと、ノルウェーは5%以下で、日本は16%になってしまったと。お金の使い方として全く非効率だというのが、私の意見です。いろいろ余計なことを申しまして。
(小宮山大臣退席)
○樋口座長 いかがでしょうか。年金、雇用保険、医療保険まで入ってくると、だんだんに難しくなってくるけれども、どうしても一体改革しないと、ということですよね。
○大沢教授 やはり悩ましいのは雇用保険ですよね。つまり、複合就労というんでしょうか、ムーンライティングが広がってくると、誰が保険をかけるのかという問題になります。これも、個人は働いた分だけ雇用保険料をかけておいて、企業はやはり、さっき言ったような、外形的な標準で社会保障税みたいなもので拠出をして、という方法はありうると思います。やはり、税と社会保障制度のミックスを考えないと、どうにもならないところまで来ていると思います。
○樋口座長 統計の話が今日出るかなと思ったのですが、いま統計委員会やってて、厚労省のいまの国民生活基礎調査の分配の話と、一方総務省統計局の全国消費実態調査の分配の話、ちょっと結論が大分違ったりしてきて、どんなものなのかなというところが。
○大沢教授 これは、是非改善していただきたいですね。つまり、政権が交代する前は、専ら全消でやるべきだと、国民生活基礎調査のサンプリングは片寄っているという話が、特に内閣府辺りで強く言われていました。しかし、それ以外のいくつかの統計と比べたときに、国民生活基礎調査のサンプリングは、それほど偏っていると言えるかどうかについては、これは以前内閣府にいらっしゃった大田清さんが論文も書いて、国民生活基礎調査による貧困率の計測は、過大とはいえないと結論しておられます。ただし、やはりどちらのサンプリングにも問題はあると思います。国民生活基礎調査は、やはり1人暮らしの高齢者を厚くサンプリングし過ぎていると。他方で全消は、どう考えても、単身世帯の比率が10%ぐらいで低過ぎます。いろいろ知恵を寄せ合って、いい統計を作るということは、どうしてもこうした議論をする上では必要だと思います。座長は、最初に貧困のパーシステンス(継続)のお話を出されましたけれども、ヨーロッパですと、EUが作った社会的排除の共通指標があって、相対的貧困率だけではなくて、五分位所得階層の一と五の間の所得比ratioであるとか、それからパーシステント・ポバティーの割合、調査年から遡って3年間の間に2年以上貧困であった世帯の比率を、共通指標を設けて取っているわけです。日本では未だに、研究者が特別な資金を受けないと、そういうことが計測できないというのは、統計大国日本としては、とても恥ずかしいといいますか、反省されるべきことではないだろうかと思います。
○樋口座長 ありがとうございました。それがために慶応がその調査をやって、いまOECDが使ってるのは慶応のデータなんですけれども。
○大沢教授 ですよね。
○樋口座長 ちょうど全消と。
○大沢教授 格段によくなりましたよね。
○樋口座長 よくなったかどうかはわかりませんけれども。全消と厚労省の国民生活調査のちょうど真ん中が出てくる数字なんですね。あれ見て、あれっていうところがあって、あれも予算が切れて来年で終わるので、どうしようかという。
○大沢教授 続かないと、意味ないんですよね。
○樋口座長 意味がないんですよ。もし、ないようでしたら、そろそろ予定している時間がきていますが。本日は、どうもありがとうございました。
○大沢教授 どうもありがとうございました。
○樋口座長 また、よろしくお願いします。
事務局から連絡ございますか。
○松淵派遣・有期労働対策部企画課企画官 それでは、次回の日程についてご連絡させていただきます。次回については、10月27日金曜日、13時から16時の3時間ですが、企業ヒアリングを行わせていただきたいと考えております。場所は、職業安定局第一会議室、12階のほうを予定しています。事務局からは、以上です。
○樋口座長 本日の議事につきましては、非公開に該当する特段の理由もございませんので、議事録を公開したいと考えておりますが、よろしいでしょうか。
(了承)
○樋口座長 それでは、そのように取り扱わせていただきます。それでは、27日、13時から16時ということで、どうぞよろしくお願いいたします。本日は、これで終わります。どうもありがとうございました。
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